その話が舞い込んできたのは、
私が「くのいち漣」の制作に
疲れと焦りを感じていた頃だ。
突然の電話に私は驚いた。



その昔、私は漫画家を志望していたことがあり、
電話はその頃の私の担当編集者からだった。
いったい何の用だと思ったが、
なんでも社内で人事異動があり、
彼が副編集長になって新雑誌を創刊するというのである。

何を血迷ったのか知らないが、
彼は私に
何でもいいから30ページほどの漫画を
描いてくれと言って来た。
とにかく打ち合わせがしたいから
至急、編集部まで来てほしいと言う。

正直なところ、その気はなかった。
私は漫画家になるという夢は
とっくの昔に捨ててしまっていたからだ。
漫画家の夢をあきらめた私は、当時
勤めていたアシスタントの仕事を辞めて
広告会社に就職した。

なぜ、あっさりと夢を捨てたのか?
もちろん自分の才能に見切りをつけたからである。
私は当時、新人漫画家として、
賞をいくつか取り、デビューまで漕ぎ着ける程度の
才覚は示したが、自分の実力はそこまでだったと
今でも思っている。
プロの漫画家になり、連載を勝ち取るには
私はあまりに力不足だった。

仮に運良く連載を勝ち取れていたとしても
おそらく長くは続かなかったろう。
私には漫画家にとって間違いなく一番重要な能力、
すなわちキャラクターを創造する才能が
決定的に欠落していたからである。

あえて言う。
漫画家にとって必要なのは画力でも
話を作る能力でもない。
そんなものは凡人でも努力次第で
なんとかなる。
なんとかならないのは単に努力が足りないからだと
私はあえて言い切る。

しかし、キャラクターの創造だけはそうはいかない。
努力だけでは打ち壊せない理不尽な壁が
世の中には確かに存在するのだ。



魅力的なキャラクターを創造すること。
それはまさに不条理と言うに相応しいほど難しい。
乱暴に聞こえるかも知れないが、
そういうキャラクターさえ作れることが出来ればストーリーや作品の
世界観なんか後から勝手について来る。
逆に言えばそのくらいのキャラでなくては駄目なのだ。
とにかく魅力ある「売れる」キャラクターを
作れるか否か、漫画家になれるかどうかの
可否は私はその一点にかかっていると思う。

私は当時、絵もストーリーもそれなりには作れたと言う自負はある。
しかし、結局、魅力のあるキャラクターだけはどうしても
作れなかった。もちろん考えられる限りの努力は
試みた。当時は四六時中キャラクターを
創造することだけを考え、頭が爆発するくらい
小説や映画を観まくり、ノートに分析と考察を
書き綴ってキャラクターの研究に没頭した。



しかし、大量に描き殴ったキャラクター設定やネームの山の中から
辛うじて生まれたものは魂のない人形のような空虚なキャラクターだけだった。
どこかで見かけたような類型的なキャラクター達、
何故だ?何故俺には作れない?
俺の努力が足りなかったとは言わせない。
誰と比べても負けないだけの努力はしてきたはずだ。
プロの漫画家である俺の師匠だってその努力は認めてくれている。
それなのに何故なんだ?俺にはいったい何が足りないと言うんだ?
…実はわかっていた。わかっていたが、私は認めたくなかっただけなのだ。

「今の俺の心には本当に描きたいキャラクターがいない」

そう、私はただ、漠然と漫画家になりたかっただけなのだ。
SFが好きだったのでなんとなくそういうものを描きたいとは思っていた。
しかし「なんとなく」だ。本当に描きたい物はUWだけだったし、
少なくても当時の私はそれを商業誌で描き切るだけの
構想力も決断力も持ち得なかった。



UWは一般の理解とは程遠い超マニアックな世界だ。
どう料理したところでこれを描き、一般の共感と認知を
得て、自分が漫画家として認められるとは思えなかった。
結局、私はここでもUWという呪縛に囚われていたのである。

本来、漫画家になるという心構えにおいて
この考え方は間違っているだろう。
面白い漫画はたとえどんなジャンルでも面白いし、
才能と情熱があれば、面白く描く事が可能であるはずなのだ。
それなくして漫画文化の発展などあり得ないし、
自分が漫画家になれない理由をジャンルのせいにするのは、
覚悟と決意の不徹底、更に言うなら
自分自身の努力と情熱不足を棚に上げた
見苦しい言い訳でしかない。

それを悟った時、私は漫画家としての自分に
将来を見出すことが出来なくなった。
プロになれないのはジャンルのせい、呪縛のせいだと無意識に
責任転嫁している甘ったれた自分自身に心底嫌気が差してしまった。
だからこそ漫画家をあきらめる決心をしたのである
そして私は今でもあの時の決心は間違っていなかったと思っている。

…そんな私にいきなり電話をかけてきた元担当編集は
30ページの漫画を描けと言う。
「何をいまさら」である。
しかし、ここで私の心にひとつの迷いが生じる。

そう、すなわち、かつて実現し得なかった、
商業誌による「UWの宣伝と普及」である。
いくら同人で売れても結局、宣伝力では商業誌には全然かなわない。
話を持ってきた元担当編集者は副編集長であり、
好きなものを描いても良いと言っている。
これは新創刊とはいえ商業誌でUWの存在をアピールできる
千載一遇のチャンスではないか?
私は愚かにもそんな風に考えてしまった。

おそらく「水中触」が多少売れたことで増長した気持ちは
あったと思う。
当時、煮えきれぬまま、途中で逃げ出した漫画界…
試してみることもせず、ただ無理だと思っていた
商業誌によるUW作品の連載…
今ならやれるのではないかという予感もあった。
しかし私は冷静に考えるべきだったのだ。
仮にも商業誌がUWなどという得体の知れない
私の独りよがりをそう簡単に認めるはずがないということを。

ここから私の「愚者の踊り」は一年以上
続くことになる。
このあたりの詳細は次回以降書くことにする。



P・S

「決裂などとネット上で軽々しく公言するのは仮にも一緒に仕事をした編集者や出版社に対し、
あまりに不謹慎且つ不遜ではないか?」

とのお叱りのメールを頂きました。
確かに仰る通りですが、少しだけ申し開きをさせていただきますと、
「決裂」というのは今回の場合、極めて揶揄的な表現であり、実を言えば
この「愚者は踊る」シリーズを含めた最近の更新は、問題の担当編集者に
すべて見せ、内容に問題がないか相談した上で公開しています。

更に言えば、彼と私は長年の親交がある友人同士であり、
ネットでの同人活動などの意見は異なるものの、
根底の部分では尊敬できる人物で、
「ウチで連載するならその間、ネット活動は自粛してもらうよ」
とあまりに四角四面なことを言うので思わず激しく揉めたわけですが、
連載が終了した現在では和解し、酒を酌み交わしながら主にガンダムの話に
興じていることをここに書き添えておきます。

やっぱりね…私のような凡才は何かを曝け出さなければ
面白いコンテンツなど作れないと思うわけです。
時として誇張も交えますし、ギリギリのラインを見誤ることもあると思います。
もちろん、私なりに気を遣い、苦悩を重ねながら制作、発表しているわけですが、
それでもなお、ご不快に感じる方は、どうか急速反転長距離離脱を
強くお願いいたします。
人生は短いのだし、ネットサーフィンできる時間は限られております。
訪れるサイトは選ぶべきです。

ありがたいことに私のような変人の奇行を温かく見守ってくださる
お客様が大勢いらっしゃいます。
時々、応援のメールを下さる方もおります。
本当にありがたいと思ってます。

それある限り、行く手にどれだけの闇が広がっていようと
前へ進む気力が失われることはないでしょう。
道程は遠く、フェチなる心の闇はどこまでも深く、
歩みは遅く、足取りも覚束無い情けない身の上ですが、
どうか気長にお付き合いくださいますよう、
心からお願い申し上げます。