以下は、私と機動戦士ガンダムの話である。
はっきり言ってかなり
「痛い」話である。

ファーストガンダム未見の方は
即時退出をお勧めする。
ある程度の
ガンダムマニアにしか理解できない類の
話だからだ。


…これはその昔、私が某漫画家のところでアシスタント修行をしていた頃の
話である。

その仕事場はいわゆる
ガンダムおたくの溜まり場であり、
日夜、カルト的な
ガンダムクイズの応酬が繰り広げられていた。

「地球に降り立った際、初出撃のランバ・ラルに従っていた
2機のザクのパイロット名を答えよ」

「ミハルの2人の兄妹の名前は?」

などといった、常人にはとうてい耐え難い恐るべき
トワイライトゾーンであったのだ。
(ちなみに例題はすべて初級である)
入社時、うかつにも
ガンダム強者を自称してしまった私は、
当然のように連日、彼らに
ガンダムファイトを挑まれたものの、
とうてい彼らの知識に抗しきれるものではなく、
相次ぐ惜敗に苦渋の思いを強いられたものだ。

さて、その仕事場は当然、漫画家先生が統治しておられる
わけであるが、この先生もご多分に漏れず、
「サー」の称号を持つガンダムおたく。
その正確無比なスカウターで私の戦闘力を一瞬で
暴き立てると、もはや私ごとき木っ端ミジンコは眼中になく、
ただただ、仕事の指示を与えるのみという
寂しい人間関係が成立してしまった。

「そんなくだらんことで人間関係まで成立させるんじゃない!」

というのが常識的な人間の思うところであろうが、
そこは真性ガンダムおたくの宿命ゆえいたしかたあるまい。
しかし!私とてザビ家の男である。
一矢報いずば死に切れるものではない。

ある日、先生は私にとても難しい仕事の指示を出した。
漫画家アシスタントの主な仕事は先生の描いたキャラクターの
バックに建物などの背景画を入れることにあるのだが、
なにしろ漫画家などというのは手前勝手な感性で絵を描く
極めて独善的な生き物であり、当然、その原稿に
手を入れるアシスタントもそれを受容して、
作業に望まねばならない。単純に絵の技術が高ければ
務まる仕事ではないと私などは思っているのだが、
まあ、それを書くと長くなるので置いておこう。

とにかく、その日の私に与えられた仕事はレベルが高く、
その絵に対する感性も考え方も私のちっぽけな忍耐の
許容量を大きく超えるものであり、
およそ、そういう状況での仕事というものは
うまく行かないのが世の常である。

・・・4回目のリテイク(やりなおし)を食らったあたりで
私と先生との緊張感は極限状態に達していた。
迫る締め切りのプレッシャーも手伝って、険悪な空気が
仕事場全体を包んでいた。
他のスタッフも息を潜めて見守るのみである。

「こんな絵も描けないの?締め切り近いんだから、
出来ないんじゃ困るんだよ。早くやってよね。」

・・・・発作的に私はそこで言ってはいけない台詞を
言ってしまったのである!

「で・・できるとは言わない・・・けど、やるしかないんだ!
僕にはあなたが・・・!」


ガンダムおたくであれば、誰でもわかる台詞である。
それはアムロが初めてシャアと
戦い、ホワイトベースに帰還したとき、
ブライトに怨嗟をこめて吐いた台詞であった・・・・

「ああ、憎んでくれていいよ!」

・・・・私は先生が笑ってくれると思ったのだ。
笑ってこの台詞を返してくれると・・・・・
先生は返してくれなかった・・・・
なにも言い返してくれなかった・・・
スタッフも誰一人フォローを入れてくれなかった・・・
先生は見抜いてしまったのだ・・・・
アムロの台詞を装った私の本音・・・

私はその月のうちに仕事場を辞した。
本格的に居心地が悪くなったからである。
私は生涯であの時ほど「寒い空気」を味わったことはない。
以来、私は一般生活でガンダム強者を自称したことはない。

「え?ガンダム?まあ、結構好きだけどね・・・」