正直、かなりの時間を無駄にしたと思う。
最初から話せば長くなるので、
「水中触」発売直後から話すことにする。

周知のように「水中触」はよく売れた。
私の想像を遥かに超えてしまったため、
正直なところ、私は嬉しい気持ちと
同じくらいの不安を抱える羽目になってしまった。

「UWファンがこんなにいるわけがない。
おそらく買ってくれた人の8割方は一般人にちがいない。
となれば、エロに大きく妥協した内容とはいえ、
これが一般人にすんなり受け入れられるわけがない。
これは凄まじい反動があると思ったほうがいい。」



反動は来た。予想以上の苦情メールの嵐である。
もちろん、全てに目を通し、可能な限り誠実に
返信した。

「射精描写すらない作品を成人向け作品に登録しないでください」

「前振りが長すぎる。船の上で激しく陵辱して欲しかった」

「こんなのは作品とはいえない。次回からは購入の機会はないだろう。」

「最低の作品。買うんじゃなかった」


ある程度覚悟はしていたし、今回の趣旨が
一般人をUWの世界に引きずりこむ策謀でもあったので、
どんな反感があろうが、初志を曲げるつもりはなかったし、
それを恐れていては前に進むことなどできないとも思っていた。
しかし、私の精神防壁はもともとそれほど
頑強ではない。かなりの精神力を消耗し、
反省や後悔の思いが頭をよぎる。

「こんなことならせめて、射精描写くらいは導入すべきではなかったのか?」

「しかし、それをやってしまうと、本来の趣旨である絶息描写に支障が出る。」

「いや、絶息のイメージと射精のイメージをシンクロさせて、エクスタシーとしての描写を
強調し、ある種の世界観を創造する余地があったのではないか?」

「そもそも売れ上げなど度外視し、UWに特化させていればこんなことにはならなかったのでは
ないのか?」

「しかし、それでは一般人を引きずりこむ本来の趣旨が崩れてしまう。
第一、アニメ制作はどうしたってかなりの予算と制作期間が必要だ。
売れなければ次回作を作る資金も時間も捻出不可能になってしまうではないか。」


様々な思いが交錯したが、重要なのは過去を悔いることより
未来に立ち向かうことだ。
となれば、どう考えても答えはひとつしかない。
次回作をどうするか、である。

図らずして自分の飛び込んだ世界、
すなわち同人エロについて、もう少し入念に研究してみようと思った。
私とて絵師の端くれである。出来ることなら、どのような形であれ、
自分の作品を可能な限り大勢の人に見て欲しい。
そのためには同人で売れるためのテクニックを学ぶことは
必要不可欠だろうと思ったのだ。

売れている作品をいくつか購入し、どこが売れる要因なのか、
真剣かつ徹底的に考察してみた。
これは「水中触」制作時にも多少は考えたことのある問題である。
しかし、困ったことに、どうしてもひとつの壁に突き当たってしまう。すなわち、

「何が面白いのかさっぱりわからん」

のである。

なにしろ私は筋金入りのフェチ者である。
普通人とは性的感覚が決定的に異なるのだ。
赤裸々な話になるが、以前、同棲していた女性に
毎夜セックスを要求され、辟易した私は、
「こんなゴムをつけたピストン運動になんの意味があるっていうんだ。馬鹿馬鹿しい」
と暴言を吐いたことがある。

彼女の目の色の変化は未だに忘れることができない。
あれはもう人間を見る目ではなかった。
考えてみれば当然であろう。女性にとって私の発言は最大級の侮辱である。
絶対に許せる事ではない。

甘ったれたことだとはわかっている。
それでも私は誰かに理解して欲しかったのだと思う。
例えそんなことが不可能だとわかっていたとしても。
結局、彼女は私の元から離れた。



こんな私が普通のエロ同人などいくら見ても楽しいと思えるはずがない。
ただ、延々とヤってるだけの漫画やアニメのいったいどこが面白いと言うのか?
私にはどうしても理解できず、頭を抱えて床を転げまわった。
愛猫が驚いてダッシュで逃げた。

考えてみれば私は学生時分からAVやエロ本を見て興奮する趣味はなかった。
友人達が楽しげに語り合うエロ談議に首を傾げながら、
異邦人である本性を隠すため無理やり話を合わせて来た感すらある。

これはおそらく不幸な事なのだろう。
極度な偏食主義者が美食を楽しめないことと同様、
私は確実に人生の何割かを楽しむことが出来ないのだ。
彼女が去ったあの夜、私は慟哭した。
自分の性を本気で呪ったのだ。そして神の不条理と残酷さを。

どうも事態を必要以上に深刻に考えて自分を精神的に追い詰めるのは
私の昔からの悪癖である。
今から考えると実に馬鹿馬鹿しい話なのだが、私は
思い詰めていた。今度ばかりは年貢の納め時だと思った。

例え無理やりでも理解しなくてはこの世界で生きていくことなど
出来ないと思えた。思い悩むうち、言い様のない焦燥に駆られた私の思考は
ある結論に向かって沈降してゆく。

「普通のエロ漫画を描いてみよう」

いくらウジウジ考えたところで暗闇に光明など見出せない。
悩んだ時はなんでもいいからペンを取って手を動かすのだ。
それがクリエーターを目指した時に誓った私の信念ではないか!
そうだ、敵はたかがエロ漫画だ。
そんなものに追い詰められて情けないとは思わないのか。
貴様はそれでも男ですか!この軟弱者!

おのれよくもそこまで言ってくれたな。
たかがエロ漫画、この俺様に描けないわけがあるものか。
見てろよ、ザクめ!描いてやる!
今すぐ描いて俺様の実力を思い知らせてやるよ!



生来の持病である自問自答を繰り返し、
結果、描きあがったのが「犬姫無残」である。
あえてUW色を排し、「普通の人」に受けるような内容にこだわってみた。
(そもそもエロ同人の読者が「普通」かどうかはこの際、置いておく。
少なくても私よりは遥かに「普通」であることは疑いないからだ)

悩んだ割には制作自体は僅か2週間ほどで終わった。
与えられた条件下で作品をまとめ上げる。これは私がかつて広告会社で
DM漫画を描いていた頃、培ったスキルであり、
おそらく商業作品を制作する上でのひとつの基本姿勢であろう。
ともかくも、基本に忠実だったことが今回の制作を救った。
でなければ自縄自縛に陥って制作が難航したことは確実だった。
やはり好きでもないものを作るというのは大変なことなのである。

今回は漫画作品だったし、
(漫画作品はデジタルだとあまり売れないようだ。
やはりPCモニタよりも寝転がって読める
紙の本のほうが人気があるらしい)
何しろ人生で初めて描いたエロ漫画である。
それほど売れるはずはないと思っていた。
というか(言ってはいけないことだが)売れないほうが良いのではないかとさえ
思っていた。

しかし、蓋を開けてみれば、DL販売だけで2300オーバー。
パッケージ版は出すつもりはなかったのだが、
代行業者さんの要望もあり、結局、(ほとんどお任せで)発売。
こちらも有り得ないほど良く売れた。

そう、有り得ないことなのだ。
商業誌の漫画ですら、一枚の原稿料は新人だとせいぜいが5千円から一万円程度。
犬姫は34ページだからどう頑張っても30万円ちょっとが上限である。
(34ページじゃどうやっても単行本化は不可能)

はっきり言う。同人業界は狂っていると思った。
エロ漫画に関してはまったくのド素人、無名の私が
僅か2週間、34ページの作品を仕上げただけで、
控えめに言っても当時、貧乏だった私の年収に匹敵する
お金が転がり込んで来たのだから。

少し頭を冷やそうと思った。
私は金銭に至高の価値など感じていないが、
人生を豊かにするためには絶対に金銭を軽視してはいけないとは
思っている。
実際、先立つものがなければ何も出来ないし、
目の前の僅かな金のために節を曲げなくてはならない苦汁を
散々舐めてきた経験がそう言わせるのである。



「犬姫を量産して稼げるだけ稼ぐべきだ」
プロの漫画家である私の師匠からそう言われた。
師匠のアドバイスはおそらく正しい。
私はこれでも描く手は早いと思っている。
1〜2年集中してエロ漫画を大量生産すれば、
仮に売り上げが半分以下に減じたとしても
当面の活動資金は保障され、
その後、しばらくは何をするにも生活のための金銭確保という
人生最大の呪縛から自由になることができる。
しかし、私はその1〜2年の時間を惜しんだ。

私には子供の頃からの夢があった。
割と絵描きにはありがちな夢かもしれない。
すなわち自分のアニメを作りたいと言う夢である。

やはり自分の創造したキャラクターが動くと言うのは
絵を描く人間にとって強烈な魅力があると思う。
私はもともと漫画畑の人間だが、
私の師匠を含め、知り合いのアシスタント仲間でも
いずれ自分のアニメをと願っている人間は多い。

アニメと言うのは本来、膨大な労力と時間がかかり、
よほどの覚悟と資金がない限り、
満足のいく作品を作るのは難しい。
しかし、しばらく前から個人でハイクォリティなアニメを作る人が増えている
言うまでもなく、デジタル技術の驚異的な進化に拠るところが
大きい。
今時のアニメスタジオでもデジタル技術をまったく使っていないところなど
ほとんど有り得なくなっている。

私もこのデジタルの恩恵を受けて、
「水中触」を完成させることが出来た。
夢は確かに叶いはした。
しかし、この作品は、あまりにも足りないものが多すぎた。
いくらデジタル技術によってアニメ制作がお手軽になったとはいえ、
やはり制作にはかなりの技術と知識が必要である

漫画ならばセンスがあればペン一本でもなんとかなる。
しかし、アニメはそうはいかないのだ。
アニメ制作に関する基本的なスキルはもちろんだが、
デジタルの威力を駆使するのであれば、
必要なソフトウェアの操作もマスターしなければいけない。

私にはそのどちらもが決定的に欠けていた。
本格的な勉強が必要だった。
そのためにはどうしてもまとまった時間が要る。
アニメ制作は漫画制作に比してやるべきことが
あまりにも多すぎる。
実際、勉強しなくてはならないことはいくらでもあった。
不本意なエロ漫画量産に年単位の時間を割きたくなかったのだ。

私は基本的に行き当たりばったりの人間である。
とにかく進めるところまで進み、
行き詰るとマニュアルや参考書を引っ張り出すタイプである。
もう少し計画的なほうが効率が上がるのはわかっているのだが、
どうも性格的に計画を立てるという行為が苦手らしい。

そんなわけで早速、アニメ作品第二弾「くのいち漣」の制作にとりかかった。
で、たちまち行き詰った。やはり私には制作以前にアニメに関する基本的な知識が
決定的に不足しているのだ。
参考書を買い込み、勉強を重ねてみたが、やはり、肝心な部分が
よくわからない。

生来の物覚えの悪さと特にソフトの勉強が大嫌いという
呆れ果てた性格のため、
私はほとほと困り果ててしまった。
みんなどうやってあんな見事なアニメを作っているのだろう?

行き詰った私が出した結論はひとつだけ。そう、
一定期間、実際のプロの製作現場で学ぶしかないと思ったのだ。
アニメスタジオに就職し、必要なスキルを会得する。
もうこれしかない。



幸い、友人の紹介で結構有名な某アニメ製作会社に
潜り込む事が出来た。
しかし、大きな会社だけにセクションがしっかりと
区切られており、私の学びたい知識はなかなか得られなかった。
目の前の動画作業に忙殺され脇目を振る暇すらない。
結局、中割りという動画の基本を学んだだけで、
(それなりに大きな成果だったが)
あまりの安月給に呆れつつ、私は数ヵ月後に退職した。

それなりの働きぶりは示したので辞表はなかなか受理されなかったが、
私は強引に押し通した。少なくてもここには未来はないと思ったし、
あったとしてもそれは何年も下積みを重ねた上でのことだろう。
自分の描いた動画が彩色され、TVで放映された時は少しだけ嬉しかったが、
やはり自分の作品でなければ意味がない。

ふたたび「漣」の制作に戻り、作業を進めた。
しかし、制作は難航し、私は苦しんだ。

そんな時である。私の耳に悪魔の囁きが聞こえたのは。
ここから私の「愚者の踊り」が始まる。
誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のように
甘い罠に誘い込まれた私は
破滅のダンスを踊りながら、膨大な時間を
失うことになる。

まったく人生は何が起こるかわからない。
一寸先は闇である。
やはり人生設計という基本を考えず、
行き当たりばったりで無軌道に生きてきた
私へのこれは当然の報いだったのかもしれない。
「愚者の踊り」の内実とその顛末は次回以降書くことにする。